あまりに率直に用件を切り出したので山柴組の親分は笑った。
「嬢ちゃん。あんた駆け引きとか根回しとか使わんのか。わしは外道と呼ばれる者、騙す、裏切るが商売だ。油断してると皆もらっていくぞ」
「だからですよ。私みたいな小娘一人騙すのは簡単でしょう。だったら駆け引きしたり根回しする必要無いんですよ。ただし、小娘を騙してあの店取り上げちゃ吉原中の噂になって恥をかくのは親分さんですよ。ですからここは騙しっこ無しで行きましょう」
紅は真っすぐ親分の目を見て言った。
「嬢ちゃ…。いや、紅さんか。良い目をしている。清松のアニキの孫だけある…。大きくなって」
そういい灰皿の中で懐から紙を出し燃やした。
「清松さんとは若い頃盃を交わした兄弟分でな。もともと始めから紅華楼を取るつもりもお前さんを女郎にする気も無かったんだ。ただお前さんの旦那の遊びが過ぎてきたんでね、灸を据えてやろうとしたら駆け落ちしたってんで段取り狂ってしまって。お前さんに迷惑かかってしまったね。お詫びに抵当権とお前さんの借金の分は無しにしたから店をこれからも頑張んな」
紅は豆鉄砲喰らった様に目を丸くした。
「じじのお友達だったの?」
山柴組の親分は顔をくちゃくちゃにして笑った。
「そうだよ。嬢ちゃんがまだ小さい頃は何度か紅華楼にも遊びに行ったんだ。こんなに綺麗になって驚いたよ。お母さんそっくりだ」
しばらく親分と昔話をして、帰り際
「親分。借金の件ですが、少しづつお返しいたします。祖父の顔で無しにしてもらったんでは跡取りとして失格ですから。でも、お言葉に甘えて利息無しにしてください。お願いします」
その申し出に親分も後ろにいた連二郎も笑った。
「まあ、お前さんの好きやりな。それと、これはわしからのお願いなんだが連二郎を紅華楼で預かってもらいたい。なに、用心棒だと思えばいい。お前の旦那が他で借金しててもうちの組の者が張り付いてたら誰も手は出さねぇよ」
紅は深々と頭を下げた。
紅華楼に向かう道、紅は健吾のことを考えていた。
もう少し話合っていたら健吾さんを追い詰める事も、そうしたら今回みたいな事も無かった。今回の事はいい勉強になったわ。山柴組の親分だったからよかったようなもの、他に渡っていたら今頃…。