「あやめ姉さん、何か心配事でもあるの? なんだか元気ないけど…」
あやめは紅を見て笑った。
「紅ちゃんに初めて会ったのは私が16、紅ちゃんは10の時だったね。親の借金で売られて来て何人もの男に抱かれて、それでも私は私と頑張って十年、ここまで来た。やっと借金返し終えて気がつけば三十路手前。田舎では戻ってくるなって疫病神扱いされ、私って何だろうって最近考えちゃってさ」
吉原の遊女の多くは借金が返せずここで死んでいく者が多い。性病や結核、自殺に心中。上手く借金を返し終えても行くところなどない。紅華楼では宿屋で使っているが遊女暮しが長いと中々普通の暮らしが難しく、また吉原に戻ってくる者も多い。しかし年増遊女にあまり客は付かず、結局最後は夜鷹小屋で一日中客を取っても食べる物に事欠き死んでいく。
吉原の女は篭の鳥。ここから生きては出られない
誰かが唄っていた。
悲しい現実。
「ねぇ、紅ちゃん。遊女が幸せになりたいと願ってはいけないんだろうかねぇ…」
あやめは遠くをぼんやり眺める様に外に目を向けた。
「紅ちゃんは覚えていないかも知れないけどさ。一度だけ田舎から私を訪ねてここに来た男がね、もうすぐ私の妹と祝言挙げるんだってさ」
「覚えてる。あの時、私を抱きしめて泣いて、次の日には笑ってたよね。あの時のあやめ姉さん強いなぁって感心したのよ」
「強くなんかないよ、強がっただけ。これから他の男に抱かれて行くのにあいつの顔まともに見られなかった。ああでも言って追い返さなきゃ連れて逃げてと言ってしまってた。あいつには綺麗な身体のままの私だけ覚えていてほしかった…」
あやめの目からは涙が静かに溢れていた。
「紅ちゃん。私…もう少し紅華楼にいてもいいかなぁ。紅ちゃんと同じ。私もここが故郷なんだ。それにどうせ、身体を売ることしか私には出来ないしね」
そう言って立ち上がり帳場をあとにした。
そうなのだ。いくら家族と綺麗事言っても、結局私は遊女の売上で生活している。借金を背負い込みここに売られてきた女を買って他の遊郭より良い扱いで働かせているだけ。私だって他の遊郭の主だってなんの代わりもない。
「閉めちゃおうかな…ここ」
前から自分一人では荷が重かったのもありさっきのあやめの涙で紅の気持ちも揺らいでいた。