茂みが揺れる。周囲一斉に鳴り響いたそれの音源は猟犬だ。全部で十以上は居る。くそ、まだこんなに居たか!
「……っ! まだこんな余力を残して!」
投擲したナイフを猟犬の頭蓋に突き立てながら、少女が叫ぶ。舌打ちを一つ。飛び掛かってきた一匹を切り開いた向こうに、一際大きな犬の背に跨がる男の姿が見えたからだ。追おうとするが、ダメだ。迂闊に動けば周りの猟犬にやられる。完全な包囲。厄介な事この上ない。
「犬はもう懲り懲りなのよ!」
「……っ! 同感」
吐き捨てながら、少女と背中合わせの姿勢を取る。ぐるりと取り囲まれているため、攻撃を回避するうちに自然とそうなったのだ。大した知り合いでもない、しかも争った事のある人間との背中合わせ。心臓に悪い。言っても仕方ないんだけど。
包囲の向こうで、悠々と離脱する男が見える。でも追えない。犬が追跡を邪魔していた。時間稼ぎが目的なのか、すぐに襲い掛かってくるような事はせず、様子を見ながらじりじりと間合いを詰めてくる。
「……マズいわね」
「そだね。この数はちょっち捌き切れない」
お互いに正面から視線を反らさず、背中越しに会話する。
「あなた、囮になってくれる?」
「冗談。……っ!」
来た。包囲から襲撃。一斉に猟犬が襲い来る。瞬時の判断。僕は下に、少女は上に。僕の肩を利用しての大跳躍。逆に僕は蹴り足の衝撃で倒れ込むようにして身を伏せていた。目の前に牙の並ぶ口がある。が、完全には開かれていない。足に噛み付くつもりだったから目測が狂ったのだろう。そこを目掛けて身体を飛ばす。
「!」
衝撃。体当たりの結果、猟犬に組み付くように地面に伏せていた。さらけ出された喉に刃を走らせ、息の根を止める。
立ち上がり振り返り様に一閃。鉈の背、刃の無い箇所での一撃は鈍器のそれに等しい。頭蓋を砕かれ弾かれた一頭が別の一頭に衝突し、もろともに吹き飛ぶ。起き上がろうとした無事な一頭は、けれど頭にナイフの一撃を受け絶命した。投擲。少女だ。飛び込みざまの一撃で彼女に背後から襲い掛かっていた一頭を下す。
「助けてくれなかったらどうしようかと思ったわ」
「んなわけないでしょ。ギブアンドテイクギブアンドテイク」
体制は立て直し、包囲は抜けた。残る猟犬は数匹。
全滅させるまで、時間はかからなかった。