ごく何気ない夕焼けだった。
毎日繰り返す、見飽きた茜色。
僕はこの時刻が余り好きでない。
手元の文庫本が読みにくくなる。
「お、レインボー・スカイだね」
いつの間にかそこに居た友人は、空を見て、面白そうにそう云った。
僕はちょっと顔を上げて見る。
ブルー・イエロー・オレンジ。ピンクもある。
光のスペクトルの描く、グラデーション。
「確かに色々混じっているようだが、虹とは違うだろう」
僕の指摘に、彼はほんの僅かに戸惑ったように片方の眉を上げた。
「そうかい?」
「そうさ」
「おかしいなぁ。今日はまるで虹のようだと思ったのだけど」
僕らは改めて空を見上げた。
ただ夕日が静かに沈むばかりだった。
彼が実は色盲であったと知ったのは、それからずっと経ってからの事だった。
彼にとって世界は、灰色の濃淡で構成されるらしい。
彼はそれを、誰にも話さなかった。
彼自身、おかしいと思いつつ、何がおかしいのかよく分からなかった為らしい。
迂濶な彼らしかった。
今日、久々に夕日を見上げて、その出来事を思い出した。
僕の前にはやはり、いつも通りの茜色が展がるばかりである。