むせ返るような血の臭いに満ちた空間で、ゆっくりと身を起こす影がある。少女だ。返り血で髪と肌を斑模様に染めながら、鋭い目で辺りを睥睨する。動く影は無い。山、人工林は音を吸い込んで静かだ。それを確認して、少女は身体から力を抜いた。
「……意外となんとかなったねぇ」
「そうね」
問い掛けに返る言葉には、僅か、含まれていた険のような物が少なくなっているような気がした。気負いの少ない、軽い言葉。疲れているだけかもしれないけど、僕にはそれが少し嬉しかった。
「逃げられたわね」
「追う?」
「その身体で?」
問われて見る自分の身体は細かい擦過は勿論の事、あちこちに歯型と切り傷、酷いところに至っては肉を刔られている箇所もあった。立つことも難しく、今も地面に座り込んだまま。
「まあ」
動けないことはないけど、
「無理だろうね」
武器を奪った。手傷を負わせた。けれど、それで終わりな訳ではないだろう。まだ何か隠し持っていたら。死ぬのは僕だ。そして少女も巻き込むことになる。無理は出来ない。
「でも外に出れないんだよね」
問題はそこだ。治療の為に下山は出来ない。持ち込みの緊急治療キットでなんとかするしかない。それで間に合う怪我だからいいけど、血が足りない……。
「てか、脱出の方法聞き忘れた」
「……しょうがない奴」
「しょうもないよりマシだよ。って、そうでなくて」
「何?」
「いや、君だけで追い掛ければいいんじゃないの?」
「それも良いわね」
「うぇ。マジですかい」
ちょっと期待してたのに。まぁ、そう上手くいくはずもないか。口から溜息が漏れるのは当然の事で、
「冗談よ」
そう言って、少女が笑った。
「……」
「ま、でも私がすることと言ったら、あなたを麓まで連れていく事くらいかしら。入口は開けてあるから、そこからなら出れるはずよ……って、どうしたの?」
「……いや、ええと、入口なんてあるの?」
「まあ、あるわね。狭いけど」
「あともう一人僕の友達がいるんだけど。大男」
「身長が十メートルもなければ通れるわ」
「いや、負傷中」
「……」
どうしたものか。顎に手をあてて考え込む少女が面白くて、可愛かった。
やばい、な。惚れたかも。