昔、お母さんから聞いた言葉が今でも心に残る。「人の悪口を言ったら自分がブスになっていく」、「ため息をついたら、その分だけ幸せが逃げていく」、「自分が嫌な事は他の人にもしない」
そう‥わかっていた。いや‥わかっていたつもりだった。私は子供の頃から聞かされてきたこれらの言葉を守ってきたつもりだった。どこから、いつからおかしくなってきたんだろう?? 私は三人兄妹の末っ子で小さい頃から遊ぶのはもっぱら、二人の兄や兄の友達だった。女の子という事でものすごく可愛がって貰った事を覚えてる− 幼稚園へ行くようになり、そこでリョウと出会い小学校、中学校、高校と‥いわゆる幼なじみだ。リョウは男の子っぽい女の子で、小さいながらに私は思った「気が合う」。幼稚園、小学校はどこにでもいる仲良しの友達同士で、一緒のクラスになったわけでもないのに、いつも一緒にいて。中学校に入ったら一緒にグレて(笑)でも二人の信念は一緒で、色々悪い事したけど‘いじめ’だけは絶対にしなかった! 高校もリョウは頭がよく、私は悪く、二人が選んだ高校は二人の頭の中間のクラスの高校。リョウはいっぱい私に勉強を教えてくれた− そして二人は受かって晴れて高校生になれた。 やっぱり高校でも同じ高校にはならず、私は普通でも下の四組。リョウは特進の次に頭のいい理系九組。私は一階の端から二番目の教室でリョウは二階の中央辺りにある教室だった。朝と夕方は一階に登下校 した。私は自転車に乗れなかったからリョウの後ろが私の指定席だった!学校では順調だったが、私は家が大嫌いで高校も二年になった頃には家に帰らず友達の家を泊まり歩いたり、それこそリョウの家には三ヶ月くらいいた事もあった。リョウの家は私の家と家族同士の付き合いがあり、私を実の子供みたいに向かえいれてくれ、私をリョウやリョウの兄弟と一緒みたいに可愛がってくれたり怒ってくれたりした。私が家を嫌うようになったのは些細な事だった。今思えば私が悪かった。でも今は分かってもその当時の高校二年の私には親を憎む事しか出来なかった! 家出して一年。私はリョウの家で暮らしながら最後の高校生活を迎えた。そして一年会っていなかった父親がリョウの家へ来た。「迎えに来たのかな?」ウザイ反面ちょっとうれしい気持ちもあった。 でも父親の口から出た言葉は想像もつかない言葉だった‥‥。