マーチの手の冷たさが染みてくる。マーチは黒い目をゆっくりリリィに向けた。リリィは不思議な気持になった。さっきまでの嫌悪感も消えかけている。
「ねぇ、あなたは誰」
マーチは固い手をほどいて言った。
「僕は…タビトだ」
予想していなかった返答にリリィはきょとんとした。
「あれっ、答えが変わってる」
「…君だってそうだろ、ゆりちゃん?」
「『ちゃん』なんてやめてよ」
「ラジオで言ってたよ」とマーチが言おうとした時、リリィが抱きついてきた。彼女はマーチが思っていた以上に濡れていた。それなのにいい匂いがする。雷が止んで雨の音だけが聴こえる。
「ゆり、風邪ひくよ」
「平気」
マーチは彼女を抱き寄せて口を塞いだ。
今だけだ。明日になったら全部なかったことになるんだから。
いっそのこと雨に全部流れてしまえばいい。