ヨットが水平線の向こうへと進み、見えなくなった。
白い砂浜には椰子の木が立ち並び、その先では子供が波打ち際で犬と戯れていた。
ナガセは砂浜に立ち、青く何処までも広がる海を眺めた。
右手に持った小さなリモコンのスイッチを切ると、それらは忽ち消え、代わりに白く無機質な壁に囲まれた、殺風景な部屋が現れた。
ホログラム。触れる事の出来ない幻。
「海へ行きたいの?」
「ううん、そうじゃない。何処か行きたい場所がある訳じゃないんだ」
イェンが優しくナガセの頭を撫で、その肩に手を置いた。二人は親子のように、兄弟のように寄り添った。
「今のはただのテスト。だけどこれは、失敗みたいだ」
そう言ってナガセは、再びリモコンのスイッチを入れた。
今度は二人はカーニバルの只中に立っていた。
「音が無いもの」
カーニバルはその賑々しさと裏腹に、静寂に包まれていた。人々は皆笑顔だが、笑い声一つたてなかった。
二人は色取りどりの群衆に紛れながら誰にも押される事は無く、まるで幻は彼等自身の方であるかのように、すり抜け、置き去りにされた。
「じゃあ造り直すのかい?」
「いや、ホログラムはもう止める」
「どうして?ここまで良く出来てるのに」
「無意味だから」
そのきっぱりとした物言いにイェンが戸惑っているのに関わらず、ナガセはリモコンを床に落とし、踏み潰した。ガシャン、という短い音と共にカーニバルは消えた。
「君は何を欲しがってるんだい?外に出たいなら私が上司にかけ合ってみようか?」
イェンの提案に、ナガセは強く頭を振った。
「外へ出たくなんかない。僕に貼られたレッテルが剥がれない限り」
イェンが、はっと息を飲んだ。