二人は共に言葉を無くした。その沈黙を終わらせたのは、意外にもナガセの方だった。
「…僕は、何となくあなたの頭の中が透けて見える様な時がある」
イェンには、ナガセが何を言おうとしているのか掴めなかった。ナガセは独り言のように続けた。
「あなただけじゃない。あなたの上司に、あなたの前任者…
自分でも意識する前に、僕は他人の裏側を視ようとするんだ。前はそうじゃ無かったのに」
その幼い体の内に、既に限界を超えて抑え込んでいたものが、苛立ちと些細なキッカケで平衡感覚を失い、零れてしまっていた。
「今、両親に…彼らに会ったら、見たくないものを見てしまいそうな気がする」
「ナガセ…」
考え過ぎ、とは思えなかった。純粋に子供が欲しかったなら、只の人工受精で良かった筈だった。倫理を冒してまで、…何人もの『失敗作』を造ってまで遺伝子操作にこだわる必要は無かった。
「何で?何故僕は、苦しまなきゃいけないんだ?
命を作る事なんて、皆日常的にしてるじゃないか。遺伝子を無駄に排出する事も、出来た命を棄てる事も、より良い子孫を残そうとする事も!
僕の何が悪い!?」
「ナガセ!」
イェンはナガセに駆け寄り、その華奢な肩をしっかりと掴んだ。
「君は何も悪く無い。けれど、そういう考え方は間違ってる」
ナガセは、興奮に奮えていた。その唇に嘲りの色が浮かんだ。
「じゃあ、何が正解なの?それは僕を救ってくれる?」
イェンは答えに詰まった。
一般論は、ナガセのような存在を否定していた。それに、ナガセの言った事は確かに、綺麗事の理想論よりは真実に近かった。
イェンは、言葉が見つからず、うめくように気持ちを伝えた。
「…私は、君を救いたいと思ってるよ。力になりたいと思ってる」
「嘘つき」
どんな偽りも許さない、聡明な子供の目がイェンを責めていた。
「弟さん、亡くなったんでしょう?」