「貴方まだアカツキ=ナガセの担当やってたの?」
イェンがデスクで書類を見ていると横から、珈琲が差し入れられた。
ジェシカ=ヨハンソンがそういった事をする事は滅多に無く、イェンは眼鏡をかけなおして、彼女の顔をまじまじと視た。
「何よ?」
「いや」
「気持ち悪いわね?それより、そろそろあの子の担当誰かに代わって貰った方がいいわ」
「珍しいね、君が人の仕事に口を出すなんて」
イェンの呑気な受け答えにMs.ヨハンソンは眉をしかめた。
「アタシは本気で忠告してあげてるの。あの子は、頭が良過ぎる。それに、」
苛立たしげに髪を掻き上げた。
「孤独過ぎるわ。私達の様な存在が手を差しのべても、苦しみが増すだけよ」
「言っている意味がよくわからない」
「私達は、仕事としてあの子に接しているだけ。親代わりにはなれないわ」
「だから君は、あの子から逃げたのか?」
Ms.ヨハンソンは渋面をつくった。
「あの子が逃げたのよ。私は3日間もあの子を捜し回ったわ」
「フラレた訳か…悪い」
Ms.ヨハンソンの剣呑な眼差しがイェンを射た。彼女にしてみれば、痛い記憶だったに違いなかった。
「ナガセに必要なのは家族なのよ。決して裏切られる事も、壊れる事も無い家族。彼をありのまま受け入れてくれる場所。
だけど、それを求めるにはあの子は余りに、余計な事に気づき過ぎる」
イェンは先日のやり取りを思い出した。
――『ウソツキ』
ナガセとは無関係だった故に、彼が隠そうとした事実に、あの子供は牙をたてた。
そんな子供がもし、自分に何らかの害意をほんの一瞬でも抱かれたなら、即座にその人間を拒絶するだろう。
イェンは珈琲に口をつけた。甘党の彼には、少し苦かった。
「心配してくれてありがとう。だけど私達は、…確かに問題は多いが、上手くやっているよ」
Ms.ヨハンソンは呆れた様にため息をつき、イェンのデスクに背を向けた。
「…アタシだって、そう思ってたわ」
その声には疲労が色濃く漂っていた。