イェンが、部屋の隅で本のページを読むともなしに捲っていると、明滅する画面と睨み合っていたナガセが不意に語り出した。
その顔は上半分がアイシールドに覆われ、表情が読めなかった。
「何もかも壊してしまいたくなるのは、何も信じたくないからなんだ、きっと」
イェンは、話を途切れさすまいと短く相槌を打った。
「何も信じたくないのは、裏切られたくないから」
「うん」
「傷つけられまいと傷つけて、そのせいで傷ついて、その繰り返し」
「うん」
「悪いのは僕だけど、世界だって悪い事を知ってるから、いい子になんかなりたくないんだ」
「うん」
「…僕は独りだから。誰も助けてはくれない。僕にも、助けたい人間なんか居ない」
「…そうか」
「そう、独り。ネットでね、誰かと話そうとしたけど、嘘と悪意と無関心が余りに多いから、すぐに疲れちゃった」
ナガセがインターネットで人と交流していた事を、イェンは初めて知った。
「人の良心は、見つからなかった?」
ナガセは画面を見つめたまま、殆んど無関心に答えた。
「言ったでしょ、信じたくないって。ねぇ、何故僕がこんな話を始めたと思う?」
イェンは、さあ、と首を傾げた。ナガセは小さく深呼吸をして、言葉に力を込めた。
「言わなきゃわからないんでしょう、あなたは。
わからないくせに、ずっとそこに居るから鬱陶しいんだ」
イェンは、微笑んだ。穏やかなトパーズの瞳が、深い優しさを湛えていた。
「そうだね。だけど君が話してくれたから、君をやっと少し知る事が出来た」
ナガセは自分の頬にサッと血がのぼるのを感じた。画面からの光とアイシールドが、その動揺をイェンに隠していた。