その日は酷い雨だった。
河の水面は大きな波を立て、周りの土手を洗っていた。
私は笠を深くかぶり直し、向こう側へ渡ろうと橋に足を踏み入れた。
その時だった。
橋の欄干に、十くらいの少年が小さく座っていたのだ。
全身を黒い服で纏い、顔を隠すように深く笠をかぶっている。
笠には人の血か、動物の血か、朱い痕が点々と描かれていた。
私は静かに近付き、彼の前で足を止めた。
大粒の雨と耳障りな雨音だけが、私たちの間にある。
彼は何も言わなかった。
ただ私が立ち去るのを待っていたのだろう。
しかし私も何も言わなかった。
時と止まない雨だけが、ただただ流れた。
痺れを切らした彼は、ようやく口を開いた。
「早く行け。殺すぞ」
酷くかすれた声だった。
「何をしている?」
さらに雨が強まり、私は笠の端を少し下げた。
その時だ。
彼は小太刀を抜き、私の首を狙って来た。
私は軽くかわし、腹に拳を入れた。
彼はすぐに私の腕の中に倒れた。
「こんなに弱っていたのでは兎すら殺せまい」
私はため息をつき、一先ず寺に彼を運ぼうと抱き上げた。
大分雨も落ち着いてきていた。
しかし彼は熱を出し始め、息も上がっていた。
私は薬草を集めながら帰路を急いだ。
ようやく寺につくと白い服が見えた。
笠で顔まで見えない。
「シヴァ、すまないがこの者を奥へ運んでくれないか。酷い熱だ」
「また物乞いですか。猫や犬ならまだしも…」
「まだ子供だ。放っておいたら死んでしまう。お前の力で、治療してやってくれないか。薬草もある」
シヴァは驚いていた。
「珍しいですね。そんなに慌てて…見覚えでも?」
「…いや。わからないが多分、この子は…」
言いかけたとき、彼は呻き声をあげた。
「う…」
「とにかく先に治療を頼む」
シヴァは奥へ彼を運び、私は静かに笠をとった。
つづく