ナガセは、狭い自室のベッドの上で目覚めた。少し休むだけのつもりだったのに、いつの間にか眠ってしまったらしい。
ベッド脇のチェストに置かれた男物の腕時計を見ると、カプセルに入ってから5時間も経ってしまっていた。
ナガセは跳ね起きると、イェンの姿を探した。
「イェン!イェン!」
悲痛なまでに叫ぶが、答えは無い。
カプセルのある部屋に駆け込み、ディスプレイを凝視する。
…time over。
「イェン…」
締め付けられるような声で呟いた。青白い光の中、その姿はさながら、彼岸に佇む者のように儚い。
その瞳が、自らの内をさ迷う様に揺れていた。そこに居る、彼を捜して。
「イェン、君は、もう思い出の中にしかいない」
ナガセは、今、独りだった。
随分前から一人きりだった。
「僕の思い出の中にしか。だから、僕が君を、何度でも産んであげる」
イェンの仕事は、ナガセが一人で生活出来る年齢になるまで見守る事だった。彼は役目を果たし、遠くへ、行ってしまった。
生きていればまた会える。それは、嘘だった。
人は変わる。変わってしまう。同じ人間には、二度と会えない。あのトパーズの様に綺麗な瞳が、ナガセを救ってくれる事は、もう無いのだ。
それを知っていたから、だから、この装置を造った。
イェンは死んだ訳ではない。もう二度と会えないだけ。
そしてナガセはカプセルに入り、自らの体に埋め込んだプラグにコードを繋ぐ。それらはカプセルから、室内に巡らされた無数のコードへと繋がっている。
記憶に有るものを、具現化する装置。思い出を物質を伴って再現する箱庭。
…それが、この部屋。
カプセルは、入力装置であり、部屋の変化からオペレーターを保護する役割を担っているに過ぎない。
『君が何かを愛するなら、一人でも孤独では無くなるはずだよ』