ミユキはそれ以上、何も聞かなかった。
そして静かに、ホテルのフロントを後にする。
ホテルを出ると、さっきまで感じなかった冷たい空気が、ミユキの頬を刺した。
目の前には、深い森の緑と、朝霧が広がっている。
どうやらそこは、ミユキの住む街から列車で1時間行った辺りの、避暑地らしい。
だが、あんな夜中には、もう電車は走っていない。ミユキには、ここまでどうやって辿り着いたのか見当も付かなかった。
ミユキはとにかく、避暑地の中を歩いた。
道路の左右には、ひと気の無い別荘が、ひっそりとたたずんでいる。
30分ほど歩いたところで、急に道が険しくなってきた。
ミユキは引き返そうとしたが、霧がさらに深くなり、とうとう戻ることも出来なくなった。
さっきまで霧の中から射していた太陽の光は、完全に霧に隠れてしまっていた。
それでもミユキは前に進むしか無かった。
もはや道は、道ではなく、ジャングルと呼ぶにふさわしい状態になっていた。
そのジャングルを手探りで掻き分けている瞬間、ミユキの身体が左に大きく傾いた。
「キャー!」
ミユキが叫んだ。
そして、100mにも及ぶ草むらの崖の斜面を、ミユキは勢いよく転がり始めた。