「コンコン」
と、窓を叩く音がする。2回3回…、何回目かにやっと気付いて、おそるおそる窓を少しだけ開けると、
「寒いのっ!お願い、乗せてください!」
と、声がした。
(生身か…)多少、落ち着きを取り戻して、窓を半分ぐらいまで下げて、
「ちょっ、ちょっと待って、そこ動くなよ!」
と言うと、ギアを入れ直して、クラッチをつなぐ。
バキッと、嫌な音がしたが、愛車のM3は動き出した。
(また、修理代が心配だな…)と、一つため息。なにせ、一回転半の大技の後だ、助手席側はガードレールに貼り付いている。
ドアの開ける間隔まで車を押し出して、手を伸ばして助手席側のドアを開けた。
「ありがとう…」
澄んだ小さな声は、確かに震えている。
とにかく俺は、ヒーターをフルマックスでかけてやると、
「暖かい…良かった、優しい人で…」
言われて悪い気はしない。テレ隠しに、
「どうして、そう思う?まだ会ったばかりじゃん?」
と言うと、
「止まってくれた人で、乗せてくれたの、あなただけだもの」
と、彼女。
(止まってくれたねぇ…)そう思いながらも、口にはださなかった。
「他の人は、この身なりだし…」
彼女に言われて、ハッと思い、シートに目をやった。
(水、溜まっテルシっ!!)自慢のレカロの本革シートだった。ルームクリーニング代を考えて、ため息をつく、
「とりあえず、コレつかえよ」
俺は、リアシートにあった、ビーチタオルを手渡した。
「うふふ、やっぱり優しいんだ」
髪をゴシゴシ拭きながら、彼女が笑った。
その時、彼女の長い黒髪の間から、やっと顔らしい物が…見えた。
「あーはっは!顔、顔!マスカラ〜!あははは」
大爆笑の俺。
「え〜?ひど〜い、そんなにウケなくてもいいじゃない!前言撤回!キライ、もぉ!!」
ルームミラーを覗き込んで、彼女は言った。