「帰って来たのね。日本に… 」
船上から見える景色に紅は昔を思い出した。
あやめ姉さん…。
「母様、間もなくだから中に入るようにって父様が」
華が呼びに来る。
華は16才。紅が健吾に襲われ、結婚させられた年齢になった自分の娘をみた。
顔は連二郎に言わせると紅によく似ているが体つきは昔の紅より大人びている。あれじゃあ男が寄って来ない訳無いと、いつも付き人をつけガードしていた。
おかげでボーイフレンドも出来ないと華には不評だったが…。
「早く、母様」
華に急かされて紅は船室に戻る。
「母様、どこにいらしたの?」
船室に戻ると華より三つ下の弟、海渡が靴紐に悪戦苦闘していた。
「甲板にね。後、どれくらいで?」
「一時間ほどだ。仕度出来てる?」
紅は室内を見渡す。
「ええ。華も呼んできますね」
紅は華の部屋のドアをノックし、声をかける。
「あ、母様?手伝って…」
中に入ると華は着物と格闘中だった。
「あら…。てっきりドレスで降りると思ってたのに…」
紅は笑った。着物なんて時々パーティーに着て行っただけでいつも「動きづらい」と言っていたので。
「郷に入れば郷に従えよ。日本ではみんな着物なんでしょう?目立つのは好きじゃないわ」
オランダでは日本人ゆえに目立ってしまい嫌な思いもした。
それは紅が吉原の人間だと好奇の目で外の人間に見られたのと似ている。
結局、この子にも同じ様な苦労をさせてしまった。
着付けをしながら紅は急に日本に戻るのが怖くなった。
やっと出来上がりつつあった向こうでの人間関係。子供達も友人が出来、楽しそうにしていた矢先、妙から手紙が届いた。
−オトウサマ、ヤマイニフセル。シキュウマイラレヨ タエ−
あんな父、とも思ったが、連二郎も日本で仕事があり、あやめ姉さんの墓参りもかねて帰国を決めた。
連二郎は日本の物を外国に売る仕事で財を得て、日本、オランダ、イギリスなどに会社を構えていた。
日本の会社は妙の夫竹蔵に任せてあった。
妙は相変わらず紅から預かったと言う宿を「華の屋」と名前にして働いていた。
「妙さんには今日戻ると連絡していないんでしょ?」