老婆が通り過ぎようとした、瞬間、僕はバギーに被せられた毛布を素早く剥ぎ取った。
老婆は叫び、僕は絶句した。
毛布には見るも無惨な陶器の人形の骸が転がっていた。かつては子供に愛されていた可愛らしい人形だったのだろう…が、今や髪はぼろぼろに崩れ片方の目玉が空洞に取って変わり、ふっくらとした頬は欠け、両手とも指は無く…悲惨な有様だ。
が、これは赤ん坊ではなく人形だ。
老婆は叫び、泣き、か弱い腕で僕の背中を叩いていた。
子供を変質者から守る母親のように。
僕はその事実に哀愁を感じつつも、失望を隠せなかった。
彼女は幽霊どころか、単なる気違い婆さんだ。
僕は脆い陶器の人形を掴み、トンネルの壁に叩きつけた。
老婆は悲鳴をあげ、その破片をかき集める。
ああ…僕はとんでもなく残酷で、無慈悲な人間だ…だが、僕を失望させた責任は重い。
絶叫する老婆をそのままに、僕は車に戻ってエンジンをかける。
バックミラーに映る悲しい老婆に、ニッコリ笑って手を振る。
僕は決して愛想が悪いわけじゃない。
車を発進させた勢いで、助手席の女が揺れて窓に当たって鈍い音を立てた
白い首に青く残る一本の筋を隠すため、僕は嫌々女をまた俯かせる。
死んだ女に触るなんて
ぞっとするじゃないか?
そうだろ?
僕はトンネルを走りながら、いまだ見ぬ幽霊に思いを馳せていた。
いつか見られる日が
くるだろうか。
それはどんなに刺激的なことだろう?
幽霊でもなんでもいいから、僕の退屈を吹き払って欲しい。
トンネルの出口はもうすぐそこだ…。
終