人棄て場
空ばかりが青かった。
太陽は燦々と大地に降り注いでいた。
大地は荒涼とし、僅かな雑草が生えるだけだった。
且ては建物だった瓦礫があちこちに山となっていた。
ゆらゆらとした陽炎の向こうから、よたよたした人影が現れた。
それは痩せ細った老婆だった。
髪は枯れた棕櫚の葉のようにばさばさで衣服は己の屎尿で汚れきっていた。
「おぉい…おぉい…。」と呟いてはいるが瞳に輝きは無かった。
老婆は何かを探しているかのようだった。
彼女の視線の先には一台の白い軽自動車が逃げるように走り去って行くのが見えた。
車は彼女の視界から消えて行った。
老婆は車を追うのを辞めてただ、じっと車の去った先を見つめ立っていた。
白い軽自動車は中年の男が乗っていた。
小肥りで頭はてっぺんが禿かかっていた。
何年も着古したカーキーのカッターシャツに膝の辺りが擦り切れた褪紺のカーゴパンツ。
白髪混じり不精髭を生やした口元は「許してくれ…許してくれ…」と呟いていた。
ただひたすら後ろを振り返らないようにするのが精一杯だった。
男は認知症の母親を瓦礫と塵芥の荒野に捨てたのだ。
独り身で何年も母親を介護してきた。
付きっきりの介護で仕事もままならなくなった。
経済的にも息詰まり、途方に暮れた。
元々近所付き合いも頼れる親類縁者も無い。
ある日、男は母が寝ている時に携帯サイトを見ていた。
男は疲れきっていた。
母親は家を抜け出ては町中を徘徊し、何度も警察に捜して貰っていた。
オムツをしているのだが、気持ち悪いらしく自分で外してしまい、部屋中が糞尿まみれになり、悪臭が篭った。
息子はその度に母親を咎めては着替えさせていた。
彼は子供の頃をふと思い出した。
自分が小さい頃、両親は離婚した。
離婚の理由は解らないが、母親は女手一つで彼を育て上げた。
とても優しい母親だった。貧しかったが母子二人仲良く暮らしていた。
母親が認知症になるまでは…
気が付けば検索キーに「姥捨山」と打ち込んでいた。
検索した中に「人棄て場の地図」と言うのがあった。
それはパソコンサイトだったので急いで近所のネットカフェに行き、地図をプリントしてきた。
そして次の朝、男は車に母親を乗せた。おそらくこれが最後のドライブだろう…