彼女は夜道を歩いていた。
暗い夜道は些か不気味だったが、言っても通い慣れた道。
携帯を片手に、彼女は家路をトボトボ歩いた。
本当は早く家に帰りたかったが、彼女に早く歩く気力はなかった。気力何て物は、今日の営業回りで使い果たしてしまった。
パンパンになった重い足を何とか動かすのが精一杯だ。
やっとの思いで、古臭いアパートの前に辿り着いた。オートロックどころか、ドアチェーンさえ壊れている、防犯意識ゼロの彼女の部屋は一階だ。
友達には「良く住めるね」何て苦笑いされるが、住んでしまえば住み心地良く、女の一人暮らしでも以外と安全に過せている。いざとなれば近所に男友達もいる。
何よりも家賃の安さが魅力的だ。
彼女は何気なく、自分の部屋の窓に目を向た。見慣れた薄く安くさいレースカーテンに何だか安心感を抱く。と同時に違和感を覚えた。
何かおかしい…。
彼女の胸の心拍数が徐々に上っていく。
草花の蔦が絡まったベランダの柵に少し近寄り、外から様子を伺う。
「ヒッ!!!!」
彼女は思わず声を上げた。
レースカーテンの向こう側で黒い影がサーッと横切ったのだ。
泥棒だろうか?
彼女は固ったまま、柵の前に立っていた。カーテンがフワフワと踊っている。
カーテンの動きに合せて、窓のすぐ近くで黒い影がグネグネと動いているのに、彼女はすぐ気付いた。
目が次第に慣れていくと、その影の形がハッキリと見えた。真っ黒い全身タイツを着た人?がまるで背骨が無いかの様に、グネグネと体をうねらせていた。
嫌な汗が額から落ちる。
恐怖で声すら出ない。
誰か助け…て。
「おいッ薫!」
後ろから明るい声が飛んで来た。振り向かなくても誰か分る。一気に体の力が抜けて涙が止まらない。
「何やってんだよ。…!!おいッどうした?」
近所に住む男友達だった。
彼女は一部始終を彼に話した。彼女が恐る恐る窓に目をやると、もうあの影はいなくなっていた。