身体が、頭が、酸素を求めていることがわかる。
もう三十路が見えてきた僕は「こんな体験をしたのは初めてだな…」
標高の高さを考えれば当然の事だろう。
乗鞍岳剣が峰に向かって重い足をなんとか一歩、また一歩進ませながらまだ頂上が見えない事に、半ばウンザリしながら振り返った。
僕の手に繋がれて、必死についてくる彼女に何度目かの問い掛けをする。
「もう、諦めようか?」
彼女のその小さな体からは何故そんな言葉がでてくるのか不思議でならないが、毎回「剣が峰まで行くのっ! 頑張るっ!」と返事が。
正直僕自信がもう限界に近付いてる事は明白だが、先にギブアップするわけにもいかない。
登って行く人は皆無の中、すれ違う下山者に挨拶しながらやっとの思いで登頂を果たした。
《絶景》と言う他にない、目に写る物全てが生活と掛け離れているからなのだろうか、その中で唯一の生物である彼女(佐智子)を見ていたら幾度となくしてきたキスすら特別な物に感じて大袈裟な想いが込み上げてきた。
《佐智子とならどんな困難も乗り越えられる》
中学の頃から始めたテニスだが、気が付くと既に学生でも無いのに自ら高校のテニス部仲間を集めて作ったクラブチームを率いて毎週末にはテニスを口実に皆で愉しむ。
世代に関係なく、先輩から後輩まで皆仲が良かった。
佐智子はクラブ結成当初は京都の大学に行っていた為、名古屋周辺で活動しているぼくらとは離れていたから、可愛い後輩の一人にすぎなかった。
大学卒業後、帰ってくると聞いた時も、貴重な女子の戦力が増える程度の思いだったが、是非とも我がクラブに入ってもらう為、毎度送り迎えをするようになった。
「先輩大変でしょ? 無理しなくていいよ。」と言ってくれるが、我ながら嫌らしい事に下心が無いとは言い切れない。
佐智子には大学時代から付き合っている彼氏がいる。 彼は今もまだ大学生で遠恋中だ。
次第に彼女を意識しだしている自分を戒めながら、気に入られようとしといる矛盾に葛藤していた。
「赤いオープンカーだよ。」女の子受けのみを考えて車を買った。
一人暮しも始めた。
受け入れ体制は万全になると、もう気持ちを押さえ切れなくなっていた。