「ほぉ〜、僕達に隠し事ですか諒司クン。
そういう事なら、次回のギグで久々に〈強権発動〉しちゃいますよ?」
「うえ… そ、それだけは勘弁して、昭彦サマ…」
にこやかな笑顔で脅しをかけるリーダー、峠昭彦の言葉に折れ、エリカとの経緯(いきさつ)を白状する羽目になっていた。
「なるほどね…。 相変わらずケダモノですね、君は」
「おい!相変わらずって何だよ相変わらずって。
俺、そんな事何度もした覚えないぞ!」
からかわれているのが判っちゃいるが、俺、倉沢諒司はつい反論していた。
「ねェねェ、強権なんとかって何よ。 教えて?」
「我がラットラー(土砂降りの意)に唯一存在するボーカルナンバーをやって貰うだけの事ですよ、エリカさん」
「え〜っ? それのどこが恐いわけ??」
「エリカちゃん、これ。
バンドスコアの最後のページ見てや」
石島康介がニヤニヤしながら指差すページに、ピアノ演奏だけをバックにしたボーカル曲の歌詞が書かれている。
「へェ、ラッキーセラフ(幸運の天使)ねェ…
うわー… ベッタベタのラブソングじゃん。 これ、マジで歌ったの?」
「峠昭彦作詞/作曲のオリジナルでさァ…
何かヘマやらかした奴がそれを熱唱させられるって訳だよ」
「俺は… 二度とゴメンやな。 客がドン引きしたぜ」
「俺と孝志の時はもう…バカ受けだった。
コミックバンドいわれたし」
「あははっ、じゃ、あたしも試しに歌ってみようか?折角スタジオにいるんだから さぁ」
「マジ?」「うん!」
てな訳で幻のバラードナンバーが久方ぶりに演奏される運びとなった。
「おい、諒司…」
「ああ、判ってるよ。
しかし、こいつは……」
昭彦のピアノ演奏をバックに朗々と歌いあげる、エリカの声量と歌唱力に、俺と康介はただただ圧倒されていた。
当の本人は、俺たちの視線に気づくと満面の笑顔でグッと親指を突き出してくる。