なんと甘美で気だるい空気。
私の町は、そんな空気に満たされている。
私は出たいのだ、この町を。
しかし、なにかほろ酔いにも似た空間に、私は今もどっぷり捕まっている。
私の町は、周りを海に囲まれた、小さな半島である。
その半分以上は埋立地で、それらは新町と呼ばれる。
私はこの新町で生まれ、私は新町の全てに今まで育まれてきた。
私と同年代の者は大方、私と同様にこの町で生まれ、今もまたこの町にいる。
私の住む新町は、30年ほど前にできた、若い町で、その作りはまさにモデル町。
平城京の如く、広い道路によって格子状に区切られ、それによってできたブロックには、マンションがダンボールに梱包された商品のように、整然と並ぶ。
また、遊ぶところと言えば駅前の大型ショッピングモールくらいで、ましてや如何わしい店など一つも無く、居酒屋にいたっては、前述のショッピングモールに集中していることもあり、夜中2時になると全店が止まる。
カラオケなどもそうだ。
営業しているのはコンビニだけとなり、この2時を境に町が死んだかのようである。
これだけ聞いていれば、遊び盛りの10代20代の人間には何の魅力の無いように写るだろう。
しかしながら、私を始め、私の仲間達はこの町に恋焦がれる。
この町に住む仲間達が、この町を価値あるものにするのである。
私たちは幼稚園、小学校、中学校とともに過ごして来た。
3つを通してほとんど人が変わらなかった。
私達は、この小さな町で、親戚のように育っていった。
だが、世代間の繋がりは薄かった。
やはり、前述したような環境、つまり、高くそびえるマンションらが、足のつく地での人間関係を奇妙なものにしたのだろう。
私達は、小さな町で細く広い関係を成熟させていった。
そして、これは私だけだと思うのだが、私の中でこの町の魅力はもう一つある。
それは、冷たいコンクリート。
生とは真逆の物質。
私の町は何度も言う通り、恐ろしいほどに整理されており、それは逆に人間の熱い生命力を町の空気から奪っている。
海に近づくほど、人間が用がないのに、無駄に整理されたコンクリートが、私に緊張感を与える。
そんな時、私の五感は研ぎ澄まされ、自分が生きていることを戦慄をもって知る。
私は、この殺伐とした空間に、恋をした。