男は穏やかに喋りはじめた。いつのまにかギターの音もぴたりと止んでいた。
「ワシのこと…わかるか」
「………」
おれは予想外の出来事に声も出せなかった。
「びっくりさせてすまなんだ。ワシは怪しい者ではないよ」
「………」
なんとなく怪しくないのはわかっていた。第六感的な感覚でだが。おれはすっかり竦み上がって茫然と立ち尽くしていた。
「ワシはきみに会ったことがあるんだ。随分と前のことだがね。……聞こえているかな?…いや、いいんだ。何も言わなくていいよ」
「………」
男の声色はザラザラしているのによく通って、穏やかでどこか懐かしく、やさしかった。
「ああ…みんなが心配しているようだね。みんなも元気そうでなによりだ。…仗介…。会えてよかった。元気でな」
「…エッ!…」
ぼくは名前を呼ばれた。会ったことがあるって言ってたし、それで?
「おーい!仗介ぇー!」
「仗介ぇーっ!」
「仗ちゃ〜ん。どこにいるの〜」
みんなの声が凄く近くで聞こえた。ぼくはみんなの呼ぶ声にあえて反応しなかった。視線は目の前の男から離れなかった。男は再びギターを鳴らしはじめた。ゆっくりとなめらかに音が繋がっていく。
「ス、スゴイねっ!唄上手だよね!また会える!?」
自分でもびっくりした。ビーカーに水をたくさん入れ過ぎてこぼれ出すかのようにぐわぁーっと口から勝手に溢れ出た。
「………」
男は無言だったけど、うっすらと口元に笑みを浮かべているように見えた。男はほどなくして、スゥーッと消えた。音も闇の中に吸い込まれて、段々と小さくなって、そして聴こえなくなった。