この会社に事務員として入って、半年…右も左も解らなかったけれど、少しずつ慣れてきた。
だけど悩みが一つある…竹下由利子だ。
彼女はいわゆる「いき遅れ」。40は軽く越えている。
若作りをしているけど濃い化粧は余計に皺に入り込み、彼女を老けさせているみたい。
仕事はキチンとこなすけど機転は効かず、妙に重たい雰囲気だから社員からも煙たがられている。
初めての挨拶の時、異様な眼で睨まれていたのが気のせいじゃないと解ったのは数日後だった。
お茶くみも大事な仕事だから、と張り切って給湯室に向かうと、彼女は私のパソコンに「いい子ぶらないで」と入れて来た。大胆にもアドレスはそのまま。
入って早々、揉めたくないから、無視をしていると日に日にメールが数を増していった。
上司と冗談で笑い合えば「売女」
男性社員が飲みに誘ってくれば「毒婦、淫売」
あげくに女性社員とカラオケに行っても「下劣な雌、犬畜生」
あげれば切りがなく、流石に困ってしまい新入社員教育係の有田雄二先輩に泣き付いてしまった。
すると意外な事に、彼は直ぐさま私の事を信じてくれた。
そして意外な一言…。
「僕も彼女には困っていたんだよ」
彼が言うには、仕事で使うノートパソコンに、一年程前から彼女がメールを送ってくるという。
見せて貰った内容に、私は鳥肌が立った。
「今日は東京タワーの夜景を見ましょう。貴方の誕生日のお祝いだもの」
「昨日は激しかったわ。今日仕事するの辛いくらいよ」
勿論彼は彼女と付き合って等いない。
むしろ避けている。私と同じくメールだけの嫌がらせなので今まで我慢していたらしい。
それに怖かった、とも告白した。
けどついに、私宛のメールを見て、彼は決意したみたい。
今日、彼女にこんなことは止めてくれるよう頼むつもりだと言った。
私は不安だった。
何事もなければいいけど…。
予想に反して次の日を境にピタリとメールは止んだ。
先輩のメールも止まったらしい。
「彼女が考え直してくれてよかった」と彼がメールしてきた。
数週間後、お茶くみに立つ私を彼女が止めた。
「私にやらせて」
そういう彼女の言葉を
「謝罪」として受け止めた。
暫くすると彼女が私の分だけお茶を持って来た。気分が悪くなってしまったから残りのお茶を配って欲しいと言う。
給湯室に行くと残りが湯気を立てて置かれていた
私は不思議に思いながらも何となくそのお茶を配っていった。