「本当なんです。私じゃありません、やったのは竹下由利子です」
目に涙を溜めて、容疑者綾瀬瑞穂が訴える。
「だがね、給湯機に彼女の指紋はなかった。あんたのしかなかったんだよ…急須にもだ」
キッと顔を上げた女は泣き濡れていても、まだ美しいといえた。
「多分彼女が拭いたんです。そのあと私がお湯を足したから…」
「何故?入れてあったんだろう。何故足す必要がある」
「半分しか入っていなかったからです!これじゃ足りないと思って…本当に知らなかったんです。給湯機に毒が入っていたなんて」
刑事はため息をついて首を振った。
「嫌がらせをされていたというが、君の言う有田さんのパソコンにも君のパソコンにも彼女からのメールはなかったよ。その代わり君が彼女に送った相談のメールが多数入っていた」
「そんな…嘘です、私は…」
「有田さんにフラれてもう生きていたくない、鍍金工場が実家なら青酸カリが手に入るでしょう。どうかそれを譲って、とね…その事を思い悩んだ竹下さんは日記に書いている。
自殺を思い留まって欲しい。もしも本当に青酸カリを渡したら、怖くなって考えを改めてくれるかもしれない…と。
これが数週間前のもの。その三日後に
「彼女に青酸カリを渡してしまった…彼女はそれを会社の印鑑ケースに入れておくと言う。見ていると落ち着くから…と」その印鑑ケースには君の指紋があり…微量の青酸カリが検出された」
女は絶句する。
刑事は畳み掛けた。
「1番忙しい時間帯に配るとは考えたな。青酸カリは一瞬で命を奪う。ドラマのように身もだえすることもない。皆、他の連中が死んだ事にも気付かず茶を飲んでしまったようだ」
「私じゃ…私がやったんじゃありません」
「君は自分の分だけ毒のないものを取り分けて置いた。皆の死ぬところを見たかったのか…?なぜ親身に相談にのってくれた竹下由利子さんさえも殺したんだ?確かに彼女は軽率だったろう。
が、彼女の両親が言っていたよ。
最近、初めて心を許せる友人を見つけたって喜んでいたとね。
まさかその本人に殺されるとは…と」
殺人鬼は美しい眼を見開いて絶叫した。
「彼女と親友なんかじゃない!嫌…嫌ああああ」
一瞬、刑事の脳裏に失われたデータを復元させる作業をさせようか迷った…だが上はもう彼女を立件する方針だ。
証拠は充分ある。
充分すぎる程。
刑事は気を失った女の眼から零れた涙を見つめていた…。
終