草むら。
大人の腰くらいまであるその草は、容易に彼らの視界を奪った。
水の流れる音と、彼の楽しそうな声。
それに誘われて、彼は足を踏み出して走った。
「由宇君〜?由宇君ーー!?お返事はー!?」
ある日の朝の会。
出席をとっていたら由宇君の返事がない事に気付いた。
ちらっと美祢ちゃんの方を見ると、彼女は今日は一人で座っていた。
なぜだろう。
俯いて、暗い。
いつものかわいらしい笑顔が見るカゲもない。
由宇君は来ていないのだろうか。
今日は風邪か何かで来られないのだろうか。
連絡は来ていない。
「美祢ちゃん…由宇君は?」
美祢ちゃんは俯いたまま答えた。
「おにいちゃん…きたときはいたのに…」
…来た時は?という事は…今は…?
「…いなくなっちゃったの!?」
「うん…」
「………え…本当?」
「………うん」
「た…大変!!!」
思わず大きな声を出してしまい
、教室がざわついた。
少しだけしまったと思った。
よく考えればそんなに大変な事ではなかったからだ。
子供がいなくなるくらいいつもの事だ。
朝までいたなら保育園内にいるはずだ。それなら探せば良い。
慌てる事はない…。
「や…じゃあ先生、由宇君捜してくるから みんな静かにできるよね!?」
「はぁ〜い!」
みんな元気良く返事をする。
いやな予感がした。
さくら組から出てすぐ、剣土君が廊下を歩いていた。
まだ彼まで出席をとっていなかったので気付かなかった(荒井剣土君は転園なので番号は最後だったから)が、彼もいなかったのか。
「剣土君!?朝の会の時間だよ?さくら組に…」
とっさにさくら組へ行かせようと思ったが、ふと彼の悪い噂が頭に浮かんだ。
…いや。まさかね。
「…だってトイレいってたんだもん!」
嫌な思考をしている間に、彼は頬っぺたを膨らまして私の横を走り抜けた。
「待って剣土君!由宇君知らない!?」
あわてて聞くと剣土君は足を止めてこちらを振り返り、
「しらーん!」
と言うとまたかけて行った。
子供らしい、答えで。
多分本当だろう。
保育士をやっていれば、子供の虚偽くらい見抜けた。
(?まであります←注意)