胸にひっかかることがある。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、お母さんはドアを閉める直前にあたしを見た。
そして泣きそうな顔でそのまま強く顔を背けてーー。
お母さん、何がそんなに悲しかったの?
あたしを捨てること…?それならどうして…。
結局、答えはない。
寒い。
みわちゃん、ごめんね。
お母さん、ごめんね。
二人ともにあたしは嫌な思いをさせてしまった。
お母さんがあたしを捨てたのにはわけがあるに決まってる。
あたしに原因があるのか、お母さんの中にあるのかはわからないけど、あたしはお母さんのそれに少しも気付いてあげられなかった。みわちゃんには悲しい思いをさせてしまったね。
ああ、寒い。
あたしは、瞳を閉じた。
いつしか、夢にたどり着いていて。
あたしは、お母さんに優しく抱かれて、頭を撫でられて、とても幸せだ。
みわちゃんはいない。
…そうだ、これは夢じゃない。
遠い昔、昔の記憶。
あたしは今より遥かに小さくて子犬。
あったかい。
お母さんの笑顔を見た。
隣にはもういないはずのお父さんもいる。
みわちゃんは豊かに膨らんだお母さんのお腹の中。
優しい時間が流れていく。
ああ、ずっとこうしていたい。
いつから間違ってしまったのか、わからないけれど。
あたしは最期までこの家族と一緒にいたかった…。
季節は冬。
一匹の犬が、ただじっとうずくまって公園のベンチの下にいる。
朝日がさし始めた町にはかすかな温かみが生まれる。
公園には真っ白に積もった雪。
いつまでもその犬は静かに無言を貫き通す。
やがて一人のおじさんがやってきて、犬を見ると一度どこかへ行ってから何人かの人を連れてまた戻ってきた。
そして手にしているゴミ袋のようなものに犬をいれて、そのままどこかに持って行ってしまった。
寒い日だった。
公園のベンチの下だけ、すっぽりと雪がない。
そこに、鳥たちが降り立つ。
いなくなったものを、慰めるように。