「本当にありがとうございました」
カナがぺこりと頭を下げると、タームやユーラ、シークたちが笑った。
森で初めて会ったときは怖かった人たちが、今では別れがたい存在になっていることは不思議だった。
きょろきょろと見渡したが、ニルバが見当たらない。タームに尋ねると、さあ、どこかなと言われた。代わりにユーラが答えた。
「ニルバは下にいるよ。船の調整部屋だ。あれはあいつしかできないから。手が離せないんだ」
「さよならだけ言ってきて大丈夫ですか?」
「いいんじゃない。そのドアね。暗いから気をつけて」
「はい」
狭いから2人入ればいっぱいになるということで、カナは1人でそろそろと入る。
ニルバとの思い出といえば恥ずかしいやら情けないやらのものしかないし、船では全くといっていいほど話していない。
「タームか」
奥から声がかかった。中は本当に暗くて、さらに歩いてやっとニルバの手元のランプの光でお互いの顔を見た。
「お前か」
「はい。今日までありがとうございました。すごくお世話になりました」
「ああ」
簡潔な返事にカナは心の中でため息をついた。ニルバはどうしたって自分を嫌っているらしい。
まあ、あれだけぼろぼろ泣いて腰まで抜かしたのだからしょうがないのかもしれないが。
「じゃあ、お元気で」
「ああ」
ちょくちょく階段でつまずく自分を情けないと思いながら、カナはその部屋を出た。
***
絡むタームを引きはがしてカナとレイは船を降りた。レイはディーシャの居場所を調べておいたと言って、ずんずん進む。
ディーシャの住む家は港に近く、海の風がずっと香っていた。
小さな白いその家をノックすると、はあいと可愛らしい声が返ってきた。入ってみると、そこにいたのは声に似合った可愛い男の子だ。
「ディーシャはいる?」
「僕だよ」
「あんたが?」
「世襲制なんだ」
レイの驚いた表情を見て、慣れた様子でディーシャが言った。世襲ということは、前のディーシャはもう亡くなったということだろうか。
「相談事だろ?言ってみなよ」
「え?えっと・・・」
「言ってみなきゃ力になれるかどうか分かんないじゃん」
レイと顔を見合わせて、カナはゆっくり口を開いた。何だか変な気分だ。