七鐘 創一《しちかね そういち》は良く笑う男だった…家族を愛し、仕事仲間にも愛された…
創一を変えたのは生物物理学の実験中、ある発見をして以来…百揮が10歳になった頃、突然…家族からも仕事場である研究室からも姿を消した…誰一人にも理由を語らずに…
話しかけてきた男は《アズマ》と名乗り、父親である創一に頼まれ、百揮を迎えに来たという…急な話だったが、百揮は父を愛していたし、なにより創一がなぜ自分と母を捨て居なくなってしまったのか、創一から直接聞きたかった…
「お母さんに言っておかなくていいのかい?…」
アズマと名乗る男は自らの強引さを忘れたかのように静かに黒のセダンを運転しながら、横目に百揮の顔を見ながら話した…
「……」
百揮は、アズマの何でも知ったげな口調にイラついて聞こえていないフリをし、顔を窓の外にむけていた。母が昔よく父の事で泣いていたのを思い出し、何故か胸が痛んだ…
アズマと百揮はそれから一言も話す事なく、車内にはエンジン音だけが静かに響いていた。
車で小1時間ほど走り、景色が山間にはいって、うねる山道を登りしばらくすると風景に添わないコンクリートで打ち立てた建物が見えてきた。