父がいた。
誰よりも優しく、誰からも好かれる父がいた。
血の繋がりはなかったけど僕の事を誰よりも見ていてくれる一番の理解者だった。
僕はそんな父を受け入れる事が出来なかった。
家に帰っても一言の会話もなければ食事も別の部屋。
それでも笑顔でいてくれた。いつも温かい言葉をくれた。『おかえり』
後悔の波はすぐに僕を飲み込んだ。
父が入院した。ガンだ。それも末期の。
すでに手遅れで治療はできず、痛みの緩和程度しかできなかった。
僕にはどうする事も出来なかった。
僕には婚約者がいた。父が一番楽しみにしていたのは僕の結婚だった。
父の病状はどんどん悪化していく。
恩返しがしたかった。一つも孝行できなかったからせめて一つだけでも…
僕は父の意識があるうちに、結婚式を挙げて父の喜ぶ顔がみたいと思った。
それが僕に出来る唯一の恩返しだと思ったからだ。
もちろん周りからは反対の声も多かった。こんな時にやるもんじゃないと。
しかし、父は僕の結婚式を心から楽しみにしていてくれた。薄れていく意識の中で……
結婚式まで一週間。父は逝った。そして僕は式を挙げた………
本当にこれで良かったのか、僕に出来る事はこれしかなかったのだろうか。
………『ありがとう そして さようなら』………