彼は腕を押さえ、叫んだ。
「痛っっ!」
ドラマ等で見る程、血が出ていない。
ナイフが小さいからか?
もう一度!
もう一度!
もう一度!
「ガァァーッ!!」
叫ぶ彼。
私は、正気を失っていた。
「黙れやオッサン!いつなったら離婚すんねん!ハッキリしろや!」
「する!すぐにするから止めてくれ!」
本当は離婚なんて もう
どうでもよかった。
好きだけど憎かった。
いや、それは私の思い違いなのか。
ただ憎かった。
ただ彼の家庭を壊したかった。
自分中心にも程がある、生き方、考え方。
一緒に居られないなら死んでくれ。
でも その時は本当に、彼の事が好きで 愛していて ずっとずっとずっと
一緒に居たいと思っていたのは確かなんだ。
彼がその後、どうやって帰ったのか 覚えていない。 もちろんポケベルを鳴らしても連絡はつかない。
私は半月前、既にバイトしていた病院を辞めていた。彼と付き合ってるという噂が立ち始めたからだ。
彼の怪我が どういう具合なのか 知る術がなかった。 私が傷付けておきながら、心配だった。
怖い物無しになった筈なのに彼のマンションに行けなかった。とにかく、逢いたかった。
やっと連絡が取れた。
治療して貰った病院で、どう説明したのかは聞かなかったが、ちゃんと傷口も縫われ、包帯を肩から手首付近まで巻かれていた。さすがに嫌われたと思っていたが、彼は
「辛い思いさせてごめんな。」
逆に謝られた。
彼は、私の事をちゃんと考えてくれている。
彼は、奥さんや子供より私の方が大切なんだ。
私は馬鹿だ。
彼は 私とは全く正反対の事を考えていたのに。
数日後、生理が遅れている事に気付いた。
…妊娠だ。
でも、私は
「どうしよう」
と、思うより 嬉しかった。彼の子供が出来た。
絶対に産みたい。
薬局で買ってきた検査薬で妊娠の陽性反応が出た時、私は思わず 笑みをこぼした。
単純に嬉しかった。
子供が出来たと言えば、
彼はどんな顔をするだろう。
困った顔をするかな。
でも、絶対
「産んでもいいよ」
と、言ってくれる。
彼に言った。彼は優しく そして、残酷な言葉を口にした。