「ああ、彼。今日は休みのはずですよ」
「あなたは?」
「そうですね、初めてですよね。初めまして、私は内科の木村です。それで、ご用件は?」
忙しく立ち回っているのか、急かすような早口で聞かれ、私は慌てて言いました。
「私はいつになったら退院できるんですか?」
「退院・・・」
木村氏は壮年の焦りを見せながら眉間にシワを寄せて考え込んでしまいました。
「あなた、増谷先生からどこまで話を聴いていますか?感染状況についてはお聞きになっていないようですね・・・」
「感染状況?」
私は初日に何もかもが不明であることしか聞かされていなかったために何も応えることができませんでした。
「あなたの、え〜・・・そう、婚約者さんが感染した寄生虫は体に入った後に産卵し、体内で増殖します。ちょうど頭皮と頭蓋骨の薄い空間で活動します。この際にはほとんど痛みはありません。その後・・・」
そこで木村医師は入り口の看護婦に呼ばれました。看護婦は渋い顔で医師に耳打ちをしました。そのやり取りは見ていてあまり気持ちの良くないものだったことを考えると、木村医師は私に話してはいけないことを話してしまったようでした。
「すみません。木村先生、急患が入ったみたいで・・・」
場をつくろったもののその看護婦の態度はよそよそしく、私は不安を感じました。
「誰か、その寄生虫に感染したんですか?」
「いえ、そんなことありませんよ。」
さすがの私も、今度ばかりは声をあらげました。「じゃあ、いつ退院できるんですか?それにさっきの先生が言ってたことはなんだったんですか?」
ここ数日、溜め込んでいた憤懣を全て吐き出しました。
それに対して看護婦はポカンとした顔で私を見ていました。
「さっきの・・・」
「はい、木村という先生です」
それを聞くと看護婦はマスクで覆われた口元を押さえて、青ざめた顔で私を見下ろしていました。
「うちの病院には木村という医師はいませんが・・・」
つづく・・・