母と姉は、遅い朝食の用意を手伝いに、台所へとむかった。
おれと父は、思い出の品漁りにまだ没頭していた。おれは、約四半世紀、誰にも被られていないであろう帽子を、入念に、穴があくほど見ていた。
「それ、親父がすごい気に入って被ってやつだ…」
そう言った父の顔には、懐旧の念が色濃く見受けられ、それは一種の男の哀愁のようにも感じられた。からだ中からいやが応にもほとばしる、アルコールのにおいも、その哀愁の一部なのかもしれなかった。
「こんなにボロボロだもんな」
「本当…四六時中被ってたよ」
そう言って、おれの方に手をのばし、帽子は丁重におれから父へと献上された。
「こんなに汚れてたんだな。むかしは、こんなに汚れてたなんて、全然わかんなかった」
父は帽子の内側の状態を確認し、ともに、においをも確認した。おもむろに帽子を被ろうと試みる父だったが、いかんせん父の頭は、円周60センチをゆうに超えるであろう巨頭なため、久しぶりに日の目を見たソフト帽は、鏡餅の上のみかんのように、父の頭頂部にのっかっていた。
「ありゃっ。ダメだわ。親父こんなにアタマ小っちゃかったんだなぁ」
「親父がデカイだけじゃん。かしてみ?」
帽子はおれの頭にぴたりとフィットした。そんじょそこらの既製品のものとは比べものにならないほどだった。それはあたかも、ジグソーパズルの凹凸がペコッと嵌るが如き、妙な感覚だった。