2-? 春の陰
『純,今日は何かあったのか?』
純の兄,京太郎は尋ねた。純は何を書くでもなく,上の空でただ墨を擦り続けている。
『え,ぁ,はい,』
純ははっと我に返った。
『今日,裏の桜並木で,とても心優しい方に出会ったのです。』
『心優しい?』
京太郎はあぐらをかき,顎に手を当てた。
純の話を聞く時,いつもこの体勢をとる。
『はい,その方は,一匹の小さなツバメのヒナの為に,墓を作っていたのです。』
『ほぉ‥』
京太郎は,じっと純の話に耳を傾けている。
『誰にも気づかれぬまま消えて行く命が可哀想だと,墓は1つの命が存在したしるしなのだと,その方は言ったんです。』
純は天井を見上げ,
『あんな美しい心を持った人,初めてだなぁ。』
と独り言の様に呟いた。
『女か?』
京太郎はからかった。
『そうです。』
しかし,純はまた上の空である。
京太郎は微笑んだ。
―‥ 純,惚れたな。
色恋沙汰に疎い純にとって,多分初恋だろうと,京太郎は予想した。
京太郎の予想通り,確かに,純は初恋である。
しかし,それが災いした。
初恋だと,純,本人が気付くまでに時間がかかりすぎてしまうのだ。
その2日後,
純は吐血した。
○●続く●○