予想できていなかった事態。
エルドの予定ではまだ逃げ回っていなければならなかったが、汽笛はそんな彼を尻目に街中を高らかに鳴り響いた。
(鳴っちまったか)
彼の後ろからは相変わらず怒号が追う。
(追い付かないな、これは)
頭の中でそう判断するも、だからといって素直に捕まるわけにもいかない。どうせ捕まるのなら最後まで走り抜けていたほうが良いだろう。
退路は断たれたが、結局のところ彼は走ることにした。
「はあ・・はあ・・・・・・はあ・」
不規則に吐かれる息は白く曇っていた。
(そう言えばもう冬か)
この世界にも四季がある。春には花が咲き、夏には生命が栄え、秋には実り、冬には散る。ここ第十五区間は比較的暖かいところではあるが、息が白くなる程度には冷え込む。
(あいつと最後に仕事をしたのは何時だったか)
あいつとはダラードのことだ。
(確か、第二十三区間のギャングどもを爆発したのが最後だから・・・三ヶ月前か)
考えているうちに妙な気分に陥り、とりあえず空を少し見上げた。
(あいつはいつもこうだった気がするな)
段々と心がしんみりとし、懐かしむ心が湧き始める。
(仕事のときは良い奴のくせに、迷惑だからと言って俺を突き放す。全く自由な奴だ・・・その上ピンチになったら助けを呼ぶ。俺は正義のヒーローでもないってのによ・・・)
しかし、沸き上がっていた感情は、一瞬にして色を変えた。
(・・・自己チューが・・・絶対殴ってやる)
意味合いとしては決して怒りではなく、友情の一種に近い。
(だから・・・だから・・・)
「絶対そっち行ってやる」
どこか覚悟が満ちる言葉も、やはり後ろから聞こえる怒号に掻き消された。