「おばあちゃん、ランドセルどうも有り難う!」
「いいえ、どう致しまして。空ちゃん、似合っているよ、とっても!」
矢口空は、4月から1年生になる。今日は、父親の海人と祖母の富子と3人で、ピンク色のランドセルを買って来た。
海人と富子は、ランドセルと言えば、赤と黒しかないと思っていたので、カラフルな色の物が沢山あり、驚いてしまった。
「お袋、忙しいの悪かったな!」
「何言ってるの。いくら忙しくても、母親の役もやるって、決めたんだから…。見てよ!あんなに喜んでいる空を見たのは、久し振りね」
「本当だ。空、良かったな!」
「うん」
矢口海人はシングルファザーである。海人の妻『菜緒』は、昨年の秋、不慮の事故で亡くなってしまった。
菜緒は毎朝、空を車で保育園まで送っていた。保育園までは、歩いても10分程の距離だが、空を送った後、そのまま職場へ向かうのが、日課だった。
その日菜緒は、空を保育園へ送り届け、いつもの様に先生に挨拶をして、職場へと向かった。そして職場に程近い交差点で、事故は起きた。
一時停止を無視した車が、菜緒の車の運転席に激突して来たのだ。菜緒は直ぐに病院へ運ばれたが、意識が戻らないまま、3日後に息を引き取った。
海人は、最愛の妻を亡くし、何もかもが手に着かず、職場へ長期休暇の届けを出した。空は、母親がもう帰って来ない、と言うことが、まだ理解出来ずに、毎日泣くばかりだった。
祖母の富子は、海人たちとは別居をしていたが、いつまでも立ち直れない2人を見かね、長年勤めていた職場を辞め、空の面倒を見るために同居することにした。
海人は現在33才。菜緒とは同じ年で、7年前に結婚し、1年後に空が生まれた。
生まれる迄、男か女かは聞かなかった。菜緒は、どちらが生まれても、名前は『空』と決めていた。夫の名前が『海人』と言うこともあるが、新婚旅行で行った沖縄の、真っ青な『空と海』が忘れられなかったのだ。もちろん、海人も異論は無かった。
男の子なら、大空の様な広い心を持ち、全てを包み込んでくれる、包容力のある人間に! 女の子なら、抜ける様な青空の如く、清らかな心の優しい人に!と。
その様な両親の愛情をいっぱいに受け、空は、誰にでも優しく、笑顔の可愛い女の子に育った。
そんな空の笑顔が、あの悪夢の日から消えてしまった。