5-? 初秋の桜
『私ですか!?』
純は驚いた。
粋乃の話が記憶に無かったからだ。
と言うか純の幼い頃の記憶は殆ど書道の事で埋もれていた。
『そうです。
あれからの私は不思議でした。たった一度しか会った事のない男の子の事を,12年間想い続けたのですから。』
『そう‥だったんですか気付きませんでした。』
純は幼い頃の自分に損をした気がした。
『私は,幼い頃の粋乃さんを知らないから,とても悔しいです。ずるいなぁ,粋乃さんは。』
粋乃は笑った。
『でも,こうして今純さんの隣に居ます。
純さんは,今の私を知ってくれれば良いんです』
純は,粋乃を見て微笑んだ。
『そうですね,
粋乃さんはきっと昔の時のまま変わっていないだろうから。』
『まぁ酷い。
しかし,それもそうかもしれません。』
粋乃は笑った。
周りの空気がぱっと明るくなる。
今の純は,粋乃が笑うだけで幸せだった。
この幸せがもうじき消えるのだと思うと,目の前が真っ暗になる。
純はこの幸せを深く心に刻むように,
そっと目を閉じた。
●○続く○●