「ピッタリだな、空!すごく似合ってるよ」
「うん。本当にこれを着ても良いの?卒園式も良いの?」
「ああ、良いよ。そのために、おばちゃんが貸してくれたんだから!」
「おばあちゃん、空ね、新しいのじゃなくて良いよ!」
富子は妙子に対して、借りを作る様な気がしたが、余りにも喜んでいる空を見ていると、一緒に喜ぶしかなかったら。
「良かったね。とっても可愛いよ!卒園式も入学式楽しみだね!」
卒園式の日、海人と空が控え室へ入ると、担任の江藤真弓が近づいて来た。
「空ちゃんのお父さん、今日はおめでとうございます」
「あっ、先生。本当にお世話になりました」
「お母さんが亡くなって、本当に大変だったでしょうけど、空ちゃんは、悲しみを乗り越えて、本当に頑張っていましたよ!」
江藤真弓は、空の頭を撫でながら、今にも泣き出しそうに言った。海人も涙をこらえていた。空が、健気に頑張っていたのを、一番知っているのは、父親の海人である。
海人は、空が生まれ頃から、今迄の事を思い出し、式の前だと言うに、目頭が熱くなって来た。
空は、手の掛からない、本当に良い子だった。我がままを言って、悩まされた記憶が、殆んど無い。
海人も菜緒も、旅行が好きだったので、我が子には、小さい頃から綺麗な景色を見せたかった。空は、青い空、青い海、そして色々な景色を目に焼き付けて来た。
空は保育園でも、一番友だちが多く、いつもニコニコしている、人気者だった。
だから、あの悪夢の出来事は、今でも『嘘』であって欲しいと思っている。
しかし空は、その悪夢ですら乗り越えて、今日、こうして卒園式を向かえた!
海人は、その場にかがみ込み、涙を流しながら、空を思い切り抱きしめた。
「お父さん、どうしたの?」
「………」
「みんなが見てるよ」
「………」
卒園証書授与式では、江藤真弓は、涙をこらえる事は出来なかった。卒園生全員の名前読み上げ、最後に『矢口空』と呼ぶ時は、言葉にならなかった。
周りの父母も、菜緒の事故の事は知っている。江藤真弓の涙声につられて、多くの父母も、もらい泣きしていた。それでも空は、元気に『ハイ』と返事をして、園長から証書を受け取った。海人にとって、これ以上誇らしい姿はなかった。
家へ帰ると、富子がご馳走を作って待っていた。