涙涙の、感動的な卒園式の噂は、直ぐにひろまった。
石原妙子は、早織を連れて海人の家を訪ねた。
「妙子さん、早織ちゃんの洋服を貸してもらって、どうも有り難う御座いました」
「いいえ、おばさん。そんな他人行儀に、礼なんて言わないで下さい!親友だった菜緒が亡くなって、空ちゃんが本当に可哀想でね……。母親の代わりなんて、するわけいかないけど、出来るだけの事はさせて欲しいんです」
「実はね、武田の両親が『お下がりを着せるのは可哀想』って言って、新しいのを買おうとしたの」
「そうだったんですか?余計なお節介をしちゃったみたいね」
「いや、良いの妙子さん。その時空がね『新しい洋服はいらない。これを着る!』と言って、珍しく駄々をこねたのよ」
「へえぇ、空ちゃんらしいわ。普通なら新しい方が良いのにね」
「本当に、誰に似たのかね?」
間もなく、海人と空が帰って来た。
「おばちゃん、こんにちは。洋服を貸してくれて、どうも有り難う御座いました!」
「どう致しまして、空ちゃん。貸してあげたんじゃなくて、あげたのよ!」
「えぇ?お父さん、もらったの?」
「………」
「返してもらっても、早織はもう着れないもね」
「うん空ちゃんにあげる!」
早織は人見知りで妙子の横に、大人しく座っていたが、やっと口を開いた。
「空、早織ちゃんと部屋で遊んでおいで」 空と早織は奥の部屋へ行った。
「卒園式で空ちゃんは、すごく立派だったって、みんなが言ってたわよ!親として、鼻高々ね、海人さん」
「俺が言うのも可笑しいけど、本当に立派だった。俺は涙が止まらなくて恥ずかしかったけど」
「分かるわその気持ち。うちは、父親がいなくて、早織が可哀想って思っていたけど、ここは、母親がいないんだからね!それなのに空ちゃんは、全然寂しそうな顔を、見せないものね!」
「これから思春期になって、どうなるか分からないけど、今のところは助かってるよ」海人はしみじみと言った。
「おばさん、この間海人さんにも言ったんだけど、色々な物に名前を書かなければならないけど、私がお手伝いしますから、声を掛けて下さいね」
「そんな事悪いわ!」
「お袋も、目が遠くなって来たから、頼んだら良いさ。もちろん俺もやるけど。結構細かくて大変だ、あれは!」