入学式の日の朝、3人は居間に飾ってある、菜緒の写真に手を合わせた。
海人が言った。
「お母さん、空の入学式に行って来るよ。これからも、家族みんなを見守ってくれよ!」
空は「天国のお母さん、1年生になって、勉強を頑張るからね!行って来ます」
海人の名刺入れと、空のランドセルの小さなポケットには、菜緒の写真が入っている。
「空、お母さんは1日中、そばにいるんだから、寂しくないな?」
「うん。寂しくないよ!」
桜町小学校の正門の前では、何組もの新入生の親子が、記念撮影をしていた。
海人たちが近づくと、一人のお父さんから「シャッターを押して下さい」と頼まれた。海人は心良く、写してあげると、海人たちも写してもらった。
教室へ入ると、蒸せ返る様な、化粧の匂いが充満していた。
海人は、いつか妙子に言われた『まるでファッションショーよ』との言葉を思い出していた。
子供たちの洋服も華やかだが、母親の衣装も化粧も派手だった。
海人と富子は、遠慮がちに隅の方に立っていた。菜緒が一緒なら、堂々と中央に陣取っただろうにと思った。
間もなく、女教師が入って来た。
「皆さん、きょうは入学おめでとうございます。ご父兄の皆さん、本当におめでとうございます。私は1年1組の担任となりました、大空純子です。宜しくお願いします」
30才位の美人な先生だった。
「それではこれから、皆さんの名前を、1人1人呼びます。呼ばれた人は、元気一杯に手を上げて、返事をして下さい。良いですか?」
「は〜い」
担任の大空が1人1人呼び始めた。
すると、幼稚園や保育園の名残か「は〜い」と言う、間の抜けた様な返事ばかりだった。
ところが、空だけは違った。
「矢口空さん!」
「はい!」
明らかに他の子とは違っていたため、大空は、目を丸くして空を見た。
父兄の間でも「矢口さんの子よ、ハキハキしてるわね!」との、ヒソヒソ話が聞こえた。
海人も富子も、嬉しくなり、目を細めて我が子の後ろ姿を見つめていた。
「それでは間もなく、入学式が始まりますので、廊下に並んで下さい」
式での入場も、海人にとっては、空が光輝いて見えた。菜緒がいたら、どれ程喜んだだろうなと、海人は思った。
入学式が終わり、それぞれの家族は、真新しい教科書等をもらい、三々五々帰って行った。