5-? 初秋の桜
京太郎が出ていった部屋は,不気味なほど静かになった。
もう,夏の虫達の声は聞こえない。
『今日は,粋乃さんに,お話があるんです。』
最初に口を開いたのは純だった。
『何ですか改まって。』
粋乃は嫌な予感がした。それは,不気味な静けさからではない。
純の暗い表情からだ。
『あの‥』
『待って!!』
粋乃はとっさに言わずにはいられなかった。
しかし,
純は粋乃の言うことを無視して続ける。
『私たち,会うのはこれで最後です。』
粋乃の目の前が真っ白になった。
いつかこの時が来ることは知っていた。しかし,
それが今日だとは予測していなかったのだ。
『‥何故?』
粋乃は呟いた。
純は,そんな粋乃を悲しげな眼差しで見ながら言った。
『私は,もうじきに死にます。私のせいで,粋乃さんの人生に傷を付けたく無いんです。』
『そんな‥』
純が死んだら大きなショックを受けるかもしれない。しかし,
それを覚悟した上で今まで純の側にいたのだ。
こんな所で別れられる訳がない。
『私の事は,どうでも良いのです!!』
粋乃は
すがる様に言った。
『‥。』
純は,無言だ。
『あなたの側にいるだけで私は幸せなんです。傷を恐れていたら,何も掴む事は出来ません!
だから‥』
『出ていけ。』
純の冷たい言葉が粋乃を貫いた。
『嫌だ!離れない!』
粋乃は自分の耳を疑いながら,
純の腕を強く掴んだ。
『粋乃さん‥。』
肩が震えている。
純の腕を掴む粋乃の力は弱まらない。
ー 私は粋乃さんを泣かせてばっかりだ‥。
涙するほどの愛が,
自分に向いている。
粋乃の愛の大きさを知った。
その時,純にも溢れ出す物があった。
『粋乃さん,愛したのがあなたで良かった‥』
粋乃を無理やりにきつく抱きしめた。
自分の愛を粋乃にぶつけるように。
『幸せだった‥。今までで一番‥。』
粋乃は純の中でそれを聞いていた。
『でもこれで,
会うのは最後です。』
純は自分の中で何かを断ち切り,
人が変わった様に粋乃を強く突き飛ばした。
●○続く○●