入学式の後、担任の大空純子は、職員室で子供たちの名簿に、目を通していた。
純子はこの春に、隣町の小学校から転勤して来たばかりである。そのため、子供たちの顔は勿論、父兄にも知っている人は、全くいなかった。
式の前に、一度出席を取っただけなので、子供たちの名前と顔は、全然一致しない。
しかし純子は、空の名前と顔はしっかりと覚えた。純子は、矢口空のカードを開いて見た。
「お父さんは、矢口海人？えっ、『矢口海人』？」純子は、どこかで聞いた、名前の様な気がした。「えっ、誰だろう？」しかし思い出せない。純子は再びカードに目を落とした。
「あら？お母さんはいないの？シングルファーザー？離婚？それとも、亡くなった？」
純子は、隣の席に座っている、２年２組の担任、五十嵐直美に聞いた。
「五十嵐先生。『矢口空』って言う子の事、何か知っています？」
「その子がどうかしたの？」
「片親で、母親だけと言う家庭は、何件か有りますけど、矢口さんは、父親とおばあちゃんだけみたいなんですよ」
五十嵐は、思い出した様に言った。
「そう言えば去年の秋頃、交通事故があって、保育園の子供のお母さんが亡くなったはず。ねえ木下先生、覚えてますよね。去年、交通事故でお母さんが亡くなったのは、矢口さんって言うんでしたか？」
木下は「そうだよ」と簡単に答えた。
木下は去年と今年、石原早織の担任なので、事故の事を良く知っていて、その状況を純子に教えた。
「そうだったんですか、可哀想でですね。でも、その子は一番元気でした。返事もしっかりしていましたし…。きっと、お父さんとおばあちゃんが、しっかりしているんでしょうね」
矢口家では、菜緒の両親も向かえて、お祝いが開かれていた。
「空、おじいちゃんとおばあちゃんに、先生の名前を教えてあげて」海人が言うと「大空純子先生」と元気一杯に答えた。
「お友達は出来た？」今度は美奈子が聞いた。「保育園から一緒の、歩ちゃんに、彩ちゃんに、翔くんに……」たくさんの名前が出てきた。すると海人が付け加えた。
「保育園で、一緒に卒園した１５人の殆んどが同じ小学校だから」
「空ちゃんは、どこでも人気者だから、安心だ！おじいちゃんは何も心配していないよ」
「うん。みんなと仲良くするから大丈夫！」空は明るく答えた。
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