全十四話完結
「こりゃ、…いかんな。
米も買えぬわい」
結城兵庫ノ介は、道場の真ん中で所在なげに寝っ転がっているところであった。
著名な流派の道場が林立する江戸市中。
その中にあって田舎流派の看板に興味を抱く者など、それこそ『よっぽどのヘソ曲がりか物好き』と相場が決まっている。
この結城流兵法指南所、三間四方(5.4メーター四方)の道場もご多分にもれず閑古鳥が鳴いていた。
「旦那ァ、客人がお越しだッせ」
「ほぅ?客人とな。
伍助じい、客間にお通しせい、拙者もすぐ参る程に」
「へェ」
上方訛りを話す伍助が、老人とは思えぬ軽い身ごなしで小走りに去ってゆく。
「ふぅ〜む、……こんな刻限に来客とは?…」
顔つきを改めた兵庫ノ介は首を捻りながら住まいへと向った。
「ほぉ、貴殿が結城殿か」
「さよう、拙者が当流十三代目、兵庫ノ介にござる」
「おお、これは失礼。
それがしは島田竜之進と申す、以後お見知りおきを」
通り一遍の挨拶を交しながら、互いに鋭い観察の目を向けあう両名。
「他でもない、本日お邪魔致したのは、貴公にお願いがござってのう」
六尺(約180センチ)程もある島田がズイッと身を乗り出してきた。
兵庫ノ介は鷹の如く鋭い眼光を据えたままである。
「こう申してはちと失礼に当るが、どうやら束脩(そくしゅう/月謝の事)にも事欠くご様子。
そこで、モノは相談でござるが、人助けをして礼金を堂々いただくというのは…いかがかな?」
「ふむ、…かような事であれば。 ご賢察通りの有様でしてな。
背に腹は代えられぬと云う次第にござる」
来週の米すら危うい結城兵庫ノ介ではあったが、引き受けたのは島田の話に少なからず興味を覚えたからである。
元来、好奇心旺盛な彼であった。