あの人は、あたしの長い髪が好きだと言った。
あたしはあの人が、あたしの髪にキスするのが好きだった。
彼はいつもあたしの髪を掴み、そこに顔をうずめて、祈りを捧げるかのように、口づけた。
今までで一番短くて、一番素敵で、一番強烈だった恋。
南の島で出会った褐色の恋人の美しい横顔に、胸がいっぱいで泣きそうな気持ちになるほど、恋をした。
けれど。
あたしは日本に帰ることが決まっていたし、例えあの人が運命の恋人だったとしても、その運命に逆らわなきゃ生きていけなかった。
髪を、長いままにしておいて。
君の長い髪が、好きだ。
あたしは日本に帰り、ばっさりと髪を切って新しい仕事に就いた。
強烈な思い出は、髪を切ったくらいでは消えなかったけれど。
それでも忘れたふりをして、何とか東京で生き残ってはいる。
あの時日本に帰らなければ、今より幸せだったのだろうか、と。
考えずにいられない夜もたまにはあるけれど。
広く深い空と、ゆっくりと流れる時間、情熱的な男。
あれから2年経って伸びた髪は、もうすぐあのときの長さに追いつく。