同じ頃、純子も色々と考え事をしていた。
新年度が始まると、いつも同じ事を考える。
同じクラスの、持ち上がりで担任になる時は、そうでもないが、クラス替えが有った時や、新1年生の担任の時は、毎日が緊張である。一人一人の子供の顔を思い出しながら、どの様に接しようかと考えるのである。
今年は特に、転勤して直ぐに新1年生の担任である。
気がかりなのは、子供たちとの関わりばかりではない。最近は『モンスターペアレント』と言われる、手強い親もいる。
純子は、昨日出会った子供たちの事を、思い出そうとしていた。ところが、矢口空の印象が余りにも強く、他の子供たちの顔が、中々思い浮かばなかった。父親の『矢口海人』と言う名前も気になった。
数日後、先生方の家庭訪問が始まった。
純子が空の家へ来る日の朝、海人は「俺、今日会社を休もうか?」と真顔で富子に言った。
すると富子は「何馬鹿な事を言ってるの」と笑いながら言った。
「あんたは、空の事じゃなくて、先生に会いたいんじゃないの?」
「いやあ、バレタか。じゃあ、お袋、失礼の無いように頼むよ。行ってきま〜す」そう言うと海人は、営業カバンをぶら下げて、出て行った。
2時間授業で帰って来た空は、玄関の外で、先生が来るのを待っていた。予定の時刻に先生はやって来た。
「空ちゃん、こんにちは。ここが、空ちゃんのお家?」
「うん、おばあちゃんが待ってます」
純子は空と一緒に、玄関へ入った。
「いらっしゃいませ、先生。空がお世話になってます。さあ、どうぞ」
純子は言われるままに、居間に入り、正座をして挨拶をした。
「初めまして、空ちゃんの担任の、大空純子です。宜しくお願いします」
純子は、ソファーに座り直すと、学校での空の様子を、話し始めた。
そして「空ちゃんのお母さんは……」と、純子が菜緒の事を口にした途端、富子は先生の話を制止した。そして、空に、外で遊んで来るように言った。
それを察知した純子は「すいません。空ちゃんの前では、お母さんの話をしない方が良いんですね」
「いえね、その様に決めている訳では、ないんですが……」
「分かりました、私も学校では気を付けますので」
「父親の海人は、『いつまでも、避けるわけには行かない』と言うんですが、まだ1年生ではね」
「そうですね。」と純子も納得した。