5-? 初秋の桜
『私の筆を,全て燃やして下さい。』
純は
熱で潤んだ目をやっと開いて京太郎に言った。
『筆を?燃やせるわけがないだろう!!』
当たり前である。
燃やしてしまったら純の形見が1つも残らないではないか。
純は力の入らない手で京太郎の裾を握った。
『兄さん,お願い‥
お願いですから。』
京太郎は純の手を簡単に引き離した。
『純。いくらお前の頼みでも無理だ。
それに,何故燃やす必要があるんだ。』
純は,
ふらふらと起き上がり布団から出ようとする。
『じゃあいいですよ。
自分でやります。』
今日の純は不機嫌だ。
京太郎は純の細い腕を
掴んだ。
『純!!』
『うるさいなぁ,ほっといて下さい!!』
『ほっとけるわけがないだろう!!』
つい,掴む手に力が入った。
力の無い純には,
いくらもがいても京太郎の手が振り払えない。
『‥っ離せ!!』
『離さない!
理由を言いなさい,
何故燃やす必要があるのか。』
『理由?』
純は京太郎を睨んだ。
純がこんなにも不機嫌なのは京太郎も初めてだ。
『そんなの,決まっているじゃないですか。
書くことが,出来なくなったからですよ。』
『書くことが,
出来ない?』
京太郎にとって初耳である。
『どの様に書いていたのか思い出せないんです。
筆を置いておくだけで私は辛い。だから思い出と共に燃やすんです。』
『純,
それでは子供達との思い出も消えるんだぞ。お前はそれで良いのか。』
純は目を伏せた。
●○続く○●