海人は、富子を駅まで送って、自宅へ帰ると、妙子に電話をした。そして、富子が行けなくなった事と、明日の予定を確認して、電話を切った。
次の日の朝、海人と空は、富子が夕べ用意してくれた、朝食を済ませると、荷物を車に積み込み始めた。
「空、忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫だよ。ねえお父さん。藤田さんのおじいちゃんって、誰?」
「そうか、空は会った事、無いもんな。おばあちゃんのお兄さんで、お父さんの叔父さんだ!」
「ふ〜ん。早く良くなると良いね!」
「そうだな。帰って来たら、おばあちゃんを迎えに、行って来ような!」
妙子と早織は家の前で待っていた。荷物をトランクに入れると、二人は車に乗り込んだ。
「おばあちゃんが行けなくて、残念だけど、天気は良さそうで、良かったわね」
「そうだな。明日も晴れそうだから、良かったよ!」
「早織ちゃん、今日泊まるコテージってね、全部、木で出来てるんだって!」と、空が言うと「ふ〜ん。お風呂も木で出来てるの?」と、早織が聞き返した。
「えっ、お風呂?お父さん、お風呂も木で出来てるの」
「どうだったかな?バックの中に、パンフレットが入っているから、出して見ろ!」
空はパンフレットを取り出した。
「何とか風呂って、書いてあるけど、字が読めない!」空が、そう言うと、妙子が言った。
「どれどれ。これはね『ひのき』って読むんだよ!
今度は、早織が聞いた。
「ひのき風呂って何?」
「ひのき風呂と言うのは、『桧』と言う木で作られている風呂の事だ。すご〜く、良い臭いがするんだぞ」海人は、職場の旅行で入った、桧風呂を、得意になって説明した。
後ろの座席では、空と早織が、楽しそうに遊んでいたが、海人と妙子は、中々会話が弾まなかった。
海人は、ハンドル握りながら、去年迄の旅行とは、雰囲気が全然違うと感じていた。それは、皆が感じていたが、誰も、そのことを口にはしなかった。一番賑やかな菜緒がいないのは、分かりきっていた。
菜緒は、ただ賑やかだっただけではない。空気を読むのが上手く、周りに気を配りながら、場を和ませるのが上手だった。
ところが今年は、その菜緒がいない。
すると空が、菜緒の代わりをするかのように、口を開いた。
この場に、母親が居なくて、一番、寂しいはずの空が。