妙子が、桧風呂に湯を汲み始めると、早織が浴室にやって来た。
「お母さん、空ちゃんはどうしたの?」
「寂しかったのよ、きっと!ずっと、我慢していたのね!」
「あら、早織。臭くないの?」
「ず〜とかいでいると、そうでもないね」
「それじゃ一緒に入る?」
「うん、空ちゃんも呼ぶね」
「いや。もう少し、そ〜としておこう」
空は泣き止んでいたが、まだ海人の膝の上にいた。
「お父さん、ゴメンなさい」
「お父さんこそ、ゴメンよ、空!お父さんは、お母さん以外は、誰も好きにはならないから、安心しろ!」
「本当に?」
「本当だよ!約束するよ」
「それじゃ、ゲンマンしょう」
二人が、小指と小指を結ぶと、空にはいつもと同じ、笑顔が戻った。
「空は、そうやって、笑っている顔が、一番可愛いよ」
海人が、目を細めて言った。
「あれ、早織ちゃんとおばちゃんは?」
「お風呂じゃないかな?」海人が言うと、空は、脱衣室へ入り、扉をノックした。
「早織ちゃん。臭くない?」
「臭くないよ!空ちゃんも入る?」
「うん」と言って、空も服を脱ぎ、入って行った。
海人は、ダバコに火を着け、ベランダに腰を下ろした。そして、菜緒が死んでから、今までの、空の様子を、思い出していた。
空は、本当に耐えていたな。そんなに頑張らなくても良いのに。泣きたい時は、いつでも泣いて良いのに。そう思う事も、度々あったな。
妙子と空が、風呂から出てきて言った。
「おじさん、空ちゃんがお風呂で待ってるよ!」
「うん、分かった。それじゃあ、臭いお風呂に入って来るか!」
居間には、笑い声が響いた。
海人と空が、風呂から上がると、空と早織は二階へ上がり、一つのベッドに入った。
海人と妙子は、約束していた。
菜緒がいない今年は、一つ屋根の下で寝る訳にはいかない、と。
海人は妙子に言った。
「今日の空を見たら、浅はかな行動は出来ないな!」
「うん、そうだね」
妙子は、今直ぐは無理でも、何れは海人と一緒になりたいと思っていた。
しかし、今日の『空と海』を見ていると、自分の入れる余地は無い、と思い知らされた感じだった。
海人は、ビールを2缶、手に持つと、靴を履いた。
「車で寝るの?」
「ああ。それじゃあ、お休み!」
「お休みなさい」
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終わり