護身用に、と常に腰にぶら下げている武骨な山刀をすばやく引き抜いて構え、それから耳を澄ませる。
すぐ近くまでやってきている。
村人はアルザの森には絶対に入らない。
だとすれば、この足音はオークかゴブリンか。
最近の魔物の増加にはさすがのウーも目を見張るものがある。
魔の勢力が力を増してきているのだろうか、こんな田舎にも頻繁に魔物が出現するようになった。
相手は一匹か。
比較的体格も小さい魔物で、どうやら弱っているらしく足音も覚束ない。
そして右側の茂みが揺れた。
仕留める!
ウーは山刀を大きく振り上げた。が。
「ほっ、ほわぁ……!!? ちょっ、お嬢さん、待って! ストップぅ!」
人間……!?
驚いて瞬間的に得物を投げ捨てる。
まず目に飛び込んできたのは漆黒。
髪も瞳も真っ黒なら、旅人なのか身につけているマントもズボンもブーツも何もかもが黒ずくめ。
中庸な顔立ちの男だった。
その漆黒と情けない表情と目の下にある濃い隈だけが彼の個性を形づくっているようだった。
死ぬぅ、と泣きそうな声でわめき続けている。
人間……!
どうしていいのかわからず、ウーはぽかんとその場に立ち尽くした。
「腹、減った……」
「へ……? いや、あの……?」
次の瞬間、男は口から赤い液体を吹き出してぶっ倒れた。
「えぇえーーー!!? えぇーー!? お腹減ってるのに血吐くのーー!?」
とりあえず、ウーは生まれて初めて心の底から絶叫した。