私と彼と青いバス。

アイ  2009-02-28投稿
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悲しみの向こうに青いバスが見えた。

窓から外を眺める内の一人と目が合う。

驚くほどに澄んだ瞳の色。

絶望や悲しみすべてを乗せて微笑むまつ毛。

――ああ、この人も、逝くのか。

青いバスは今にも走り出そうとしている。

太ったガイドのお姉さんが乗り込み口から叫んでいる。

誰か、他にお乗りになる方はいらっしゃいませんか?

青いバスの周囲に群がる人々。

落ちくぼんだ目で愛しそうにバスを眺めるけど。

一人、また一人と、バスに背を向け、歩き去ってゆく。

――ああ、まだ、生きようとするのか。

ついに青いバスの側には私一人。

私は動けなかった。

窓越しに見つめ合う彼は、どこか昔の友人によく似ていて。

ガイドのお姉さんは、ぽってりした赤い唇を笑みの形に彩ると、乗り込み口から身を乗り出し、私に手を差し伸べた。

さあ、逝きましょう。

私はその手を見つめた。

バスの中の彼は私を見つめていた。

彼は苦しげな表情を浮かべていた。

まるて何か言いたそうな顔で。

生きろと言うのか、死ねと言うのか。

違う。

彼はそんな事は言わなかった。

ただ、ただ「寂しい」と。

涙が頬を伝っていった。

私は首をふり、ガイドのお姉さんから後ずさった。

お姉さんの残念そうな表情。

その微かな、助言とも取れる囁き声。

馬鹿な子。青いバスに乗れば、もうそんな風に泣かなくてすむのに……。

お姉さんはバスに戻り、ドアがガシャンと閉められた。

私は彼を見上げた。

涙に揺らぐ視界でも、彼が笑ったのがわかった。

私も笑い返した。

青いバスは走り出す。

彼を乗せて。

彼以外の大勢の見知らぬ人々を乗せて。

視界から消え去るまで、私はそこに突っ立ったまま、青いバスを見つめていた。

彼がいなかったら、私は迷いなく青いバスに乗り込んでいただろう。

彼が私を止めてくれた。

こんな私に、時間をくれた。チャンスをくれた。

――また青いバスに出会うこともあるだろう。

だけど私は。

彼の表情を、瞳を、言葉を思い出して。

それに支えられて、生きてゆける。

ありがとう。

青いバスの彼に。

もう二度と同じ地面を踏むことのない彼に、静かにお礼を言って、私は泣き崩れた。

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